1 月 22 2009

およげたいやきくん!

まいにち まいにち ぼくらは てっぱんの
うえで やかれて いやになっちゃうよ
あるあさ ぼくは みせのおじさんと
けんかして うみに にげこんだのさ

はじめて およいだ うみのそこ
とっても きもちが いいもんだ
おなかの アンコが おもいけど
うみは ひろいぜ こころがはずむ
ももいろサンゴが てをふって
ぼくの およぎを ながめていたよ

まいにち まいにち たのしいことばかり
なんぱせんが ぼくのすみかさ
ときどき サメに いじめられるけど
そんなときゃ そうさ にげるのさ

いちにち およげば ハラペコさ
めだまも クルクル まわっちゃう
たまには エビでも くわなけりゃ
しおみず ばかりじゃ ふやけてしまう
いわばの かげから くいつけば
それは ちいさな つりばりだった
どんなに どんなに もがいても
ハリが のどから とれないよ
はまべで みしらぬ おじさんが
ぼくを つりあげ びっくりしてた

やっぱり ぼくは タイヤキさ
すこし こげある タイヤキさ
おじさん つばを のみこんで
ぼくを うまそに たべたのさ

1975年、生田敬太郎さんが、子供向け番組、「ひらけ!ポンキッキ」の番組内で演奏していた歌です。僕はその数年後に生まれたので、耳にしていたのは子門真人さんの歌う「およげたいやきくん」でした。子供の頃、この歌が好きでよく歌っていたのですが、最近思い出して口ずさんでいると、なかなか最後まで歌いきれないのです。目頭が熱くなって、声が震えてしまうんです。子供の頃感じていたのとは違って、この歌は大人の、わさびのツンと効いた歌なのだと理解しました。

今までに450万枚~500万枚のレコード、CDを売り上げて、日本におけるシングル盤の売り上げとしては未だ破られていないほど大ヒットした歌なのですが、やはり子供よりも、成人層に人気が高かった様ですね。その俗説として語られる理由に、「会社を辞めたいサラリーマンの気持ちを代弁いていた」と言うのがあるようですが、今の僕の、この歌に対するイメージは少し違います。この歌はきっと、家や故郷を飛び出した若者の気持ちを歌ったものなのではないかと思うのです。

例えば、例えばですけど、「大きな夢を持つたいやき君は、閉鎖的な故郷の環境に不満を抱いていました。ある朝たいやき君は、実家をつげと言う親と喧嘩して、とうとう故郷を飛び出してしまったのです。

“自分はこんな田舎で終わる様な存在じゃ無いはず!!あんな客に媚びてばっかの奴なんて、親じゃねぇ!!”

夢を追って都会に住み始めたたいやき君。初めて見る広い世界。お腹の底に、故郷の家族の顔がチラチラと浮かびますが、都会で自由を得たたいやき君はまさに、水を得た魚でした。きらびやかな夜の都会のネオンが、たいやき君を歓迎してくれているかのようでした。

毎日毎日、都会の暮らしは楽しいことばかりです。都会という大きな海で遭難した難破船のような、古くて安いアパートがたいやき君の住処でしたが、貧乏ながらも自分の力で都会を生き抜いている事が、大きな自信にもなりました。そりゃぁたまには嫌な事だってあります。理不尽な事だってあります。でもそんな時はそう、逃げ出してしまえばいいんです。みんなやっている事です。恥ずかしい事じゃ無いはずです…。

その日、一日中働いたたいやき君は、疲労感と空腹感を抱えながらアパートへたどり着きました。何か無いかと冷蔵庫を開けましたが、調味料と食べ飽きたインスタントの塩ラーメンしかありません。今から買い物に行くか、食堂にでも行こうかと思いましたが、疲労感がそれを許しませんでした。そういえば、随分と長い間休んでません。たいやき君は暗くてせまい部屋の中で、倒れるように横になりました。

“お袋の作った飯はいつもうまかったなぁ。あの頃みたいに、たまには栄養のある物採らないと…。そういえば、みんなどうしているんだろう?親父の店、大丈夫かな?”

何となく気になり、たいやき君は電話の受話器を取りました。

本当に久しぶりにする実家への電話。呼び出し音がとぎれ、受話器の向こうから聞こえてくる、懐かしい母鯛の声。その優しい声にたいやき君は動揺し、あわてて電話を切りました。思った以上に都会の生活で、心をすり減らしていたのでしょう。あのまま母鯛の優しい声を聞いてしまったら、もう都会には住めなくなると思ったのです。しかしそれ以来、たいやき君の胸に深く突き刺さったその声は、もがいてももがいてもとれる事はありませんでした。

数日後、たいやき君は実家のある、誰もいない駅のベンチで、疲れ切った様子で座っていました。ふと人の気配がして、振り向くと見知らぬおじさんが側に立って、こちらをじっとうかがっていました。何だろうと思っていると、おじさんは突然近づいてきて、言いました。

“お前、真鯛の旦那のせがれじゃねぇか?”

“…そうですけど…?”

たいやき君が怪訝そうな顔をしていると、そのおじさんは顔一杯の、嬉しそうな笑顔で言いました。

“そうか、覚えてねぇよな!あん時はこーんなにちっちゃかったもんな!!”

どうやらこのおじさんは、たいやき君が小さかった頃に一度、会っている様でした。

“真鯛の旦那から聞いてるぜ!?都会で頑張ってんだってな!?すげぇじゃねぇか!!旦那には顔見せたのかい!?”

“いえ…今着いたとこなんで…”

“そか!んで?いつまでここに居れるんだ?”

“…いえ…僕はもう…”

“?”

“…もう都会には…”

“…”

都会には帰れない。でも、あんな偉そうな口を叩いて飛び出した家にも戻れない。たいやき君はどこにも居場所がありませんでした。顔を伏せ、黙ってしまったたいやき君を見て、おじさんは言いました。

“うん、うん、そうか。”

“…”

そしておじさんは、たいやき君の肩をポンポンと叩くと、またあの顔一杯の笑顔で言いました。

“良く帰ってきたな!”

たいやき君は、その笑顔に涙をこぼし、おじさんのトラックで実家まで送ってもらいました。風の噂ではその後、父鯛の仕事を引き継いで、元気にやっているそうです。」

ーというのが、僕のイメージです。何か書いている間にだんだん夢中になっちゃって、随分長くなってしまいました…。「会社を辞めたいサラリーマンの気持ち」と最も違う点は、「やっばりぼくは タイヤキさ」という歌詞を、どのようにとるかだと思います。「会社を辞めたいサラリーマンの気持ち」は経験していないので解りませんが、何となく「どうせ僕はタイヤキさ」になるような気がするのです。あるいはそれも正しいのかも知れません。しかし、僕はこの最後の歌詞で、たいやき君がタイヤキとしての自分を理解し、受け入れ、つり上げてくれた…もとい、救いあげてくれた人たちに対して、自分の使命を全うするタイヤキの誇らしさを見たいのです。きっとこの後、たいやき君は「俺も昔はやんちゃでさ…」なんて遠い目をしながら、渋く笑える大人になれたんではないでしょうか。


1 月 20 2009

甲斐なきセレナーデ

彼:「こんばんわ、大切な君。こんばんわ、いとしい子!恋しさのあまり君の所へ来てしまった。ねえ、ドアを開けてくれよ。ドアを開けておくれ!」

彼女:「うちのドアは鍵がかかっているの。あなたを入れさせないわ。お母さんがね、賢明にも私に忠告してくれたのよ。あなたを当然のように中に入れたりしたら、あたしはもうおしまいなんですって!」

彼:「夜はとっても寒くて、風が凍りつくようだよ。だから僕の心も凍ってしまい、愛も消えてしまうだろうよ。開けてくれないか、僕のいい子ちゃん!」

彼女:「あんたの愛が消えるというなら消しておしまいなさい!愛がずっと消えたままというなら、さっさとお家のベットに戻って休むがいいわ!おやすみなさい、私の坊やちゃん!」

…まさに甲斐が無いですね。これはドイツの三大Bと称される、ヨハネス・ブラームス(他の二人はバッハとベートーヴェンです)の歌曲です。セレナーデというのは音楽のジャンルの一つで、一般的には恋人や女性を讃えるために、大抵夕方の屋外で演奏される楽曲の事です。つまりこの彼は、彼女に捧げる歌をわざわざ用意して、夕方の寒い時間に家の前まで出張っていって、自分の想いを伝えようとしたのにもかかわらず「帰って寝なさい」と一蹴されたわけですね。切ないですね。可愛そうですね。でも笑ってしまいますね。悪いけど…。

曲調はかなり軽快で。ブラームスさんって、僕のイメージではこんな笑えるような曲を書く人では無いのです。いつでも重低音がズズズと、引きずるように鳴っているような、常に何か重たいものを心に持っているような。実際、性格もあまり明るいとは言えないような人だったらしく、無愛想で皮肉屋で、背が低いのをとても気にしていたり、自分が作ったけど気に入らない曲は焼却して、永遠に闇に葬ったり(室内楽を教えて下さった先生が「なんて勿体ないことを…」と嘆いておられました)。常にコンプレックスの固まりだったという話を聞いたことがあります。

「コンプレックスは創造の神」と、昔の偉い哲学者さんも言っていましたが、それならブラームスさんは、ものすごい創造の力を持っていたのでしょう。どんな曲でも作ってしまえる訳です。

今日はこの曲を思い出して、練習しようと楽譜を探したのですが、どこにもありませんでした。どこにいったんだろうと思ったのですが、買ってないので無いのは当たり前でした。。買ってない…。買い無い…。甲斐ない…。歌いたい時に楽譜が無いのはフラストレーションが溜まります…。


1 月 20 2009

漫画好き♪

僕は漫画好きです。三度の飯より好きかも知れません。小学生の頃は自分でもノートに漫画を書いていて、主人公はミシンに付いているボビンでした。ちなみにヒーロー物でした。自分の絵の下手さに嫌気がさしてすぐに書くのは止めましたが、発想は悪くなかったと思っています。

今はもっぱら読むのが専門で、「ベルセルク」と言う漫画にはまっています。「ベルセルク」と言うのは北欧神話に登場する特殊な戦士の事で、熊の毛で作った上着を着ている者を意味するそうです。同じ北欧神話に登場するウールヴヘジンと言う、オオカミの毛皮を着てオオカミの様に戦ったと言う戦士達と同一の存在ではないかと言われ、漫画ではウールヴヘジンの特色も取り入れている様に思います。英語では「バーサーカー」。日本語ではしばしば、「狂戦士」と訳されます。

ファンタジーの部類だと思うのですが、描写があまりにもリアルで、妖精や魔法って、実在すればこんな感じなんだろうなぁと思ってしまいます。それに世界観も驚くほどしっかり作られていて、ヨーロッパの歴史書でも読んでいる様です。

ストーリーは、無為に殺された仲間達の復習と、大切な人を守るという二つの重荷を背負い、自分の運命に必死にあがきながら、身の丈を超える巨大な険を操り、「使徒」と呼ばれる怪物達と死闘を繰り広げる男の物語です。ストーリーだけを見たら、現実の人生や悩みとはかけ離れた内容なのですが、読んでみると何故か、登場人物の悩みに同調してしまいます。それだけ登場人物それぞれの人生を細かく丁寧に、描いているんですね。何回読み返しても涙が出て来ます。

とはいうものの、この物語はまだ完結していません。月刊誌連載で休載も多く、作者本人は中年なため、「死ぬまでに頭の中全て出せるのか」と言っているそうです。。完結して欲しい気持ちで一杯ですが、これだけの物を描いているのだから有無を言えません。一コマ一コマがまるで絵画の様ですから。それにこの作品からは既に、沢山の感動や教えを頂いた気がしています。それでも僕は次を期待してしまいます。

何かまた熱く語ってしまいました…。そしてまた読み返したくなってしまいました。今から読み返したら絶対寝れないです。。

ちなみに少女漫画も好きで、「桜欄高校ホスト部」なんかも面白いですよ♪


1 月 19 2009

拍手!

コスモスシアターオリジナルミュージカル。四時間という長い練習でした。出演者の方々がアドバイスにすぐ反応を返してくれるので、欲が出て少し歌わせすぎてしまいましたね。これから本番まで喉を守るために、今日の様に歌いすぎた日や調子が良くない時は、なるべくしゃべらない様にして下さいね。あと、本番前は調子を守るために、僕の場合は豚のショウガ焼きと米を大量に食べます。僕だけかも知れませんが、これが一番元気が出ます。お腹壊すといけないので、試す場合はほどほどにしといて下さい。。

今日はそれぞれの曲を、他の出演者皆さんを客に見立てて演奏してもらいましたが、自然に拍手が沸き起こりました。すごいです。そして目立ちたがりの僕としては羨ましかったです。拍手をもらうって、とても気持ちいいですよね♪音楽高校時代、文化祭でピアノ科の先輩が白鳥の湖を弾いたのですが、その曲に合わせて男のムキムキの先輩と二人で、白鳥を舞った事があります(衣装はタンクトッブにズボンですよ?)。その時にすんごい拍手が来て、拍手の快感をしりました。今日はそのお客さん達と同じように、自然と拍手が出来た事が幸せでした♪

本番でも拍手を貰えるよう、もう一踏ん張りです!頑張りましょ~♪


1 月 18 2009

「(宇宙は)全部で八つの声が、互いに協和し合っている」

哲学者プラトンの言葉です。今年の目標、「活字を沢山読む」と言うのを実行しようと思い、大学でとっていた西洋音楽史の教科書を読み直しています。授業を受けていた時は何て解りにくい、面白くない教科書だと思っていたのですが、やっぱり勉強って、学生が終わってからの方が面白く感じます。不思議です。その本にプラトンさんが登場していました。

哲学者が音楽史に出て来たので驚きましたが、その時代、音楽は今と比べ、学問として遙かに重要視されていたようです。中世なんかは、大学で公式に定められた自由七科とよばれる科目の内、算術、幾何学、天文学と並んで必修四科目に含まれていたんですって!学問をする人はみんな音楽を勉強していたらしいです。

それにしても、「(宇宙は)全部で八つの声が、互いに協和し合っている」なんて、でっかい考えですねぇ。でも、音って確かにドレミファソラシドの八つですね。西洋音楽以外でも、音階(音の並び)は違ったりはしますが、音程(音の幅)は大体同じです(全ての音楽を把握しているわけではないのではっきりとは言えませんが…)。やっぱりこの八つの音が、一番耳に心地よいのでしょう。そしてドレミファソラシドの中から無限の曲が生み出されるのですから、この八つの音は宇宙の声と言っても過言では無いのかも知れません。何かわくわくします♪

ちなみにこのプラトンさん、特技はレスリングだそうです。


1 月 17 2009

お片付け(反省会)

今日は特筆すべき事柄がなくて、ブログに何を書こうか迷っていました。何かネタはないかと部屋を眺めると、いつ買ったのか解らないけど確実に何年も僕の部屋にいるリキュールを見つけました。年末から結構真面目に掃除をしているのに、結構目立つところに置いてあるのに、何故このリキュールが目に入らなかったのか…。きっと、いや絶対、片付けの度に視界に入っていたと思うのです。でも記憶がない。。

不思議に思ってもう一度部屋を見渡すと、使わないMDの大量に入った箱を見つけたり、スピーカーの隣で使われなくなった目玉のようなスピーカーが寂しげに僕を眺めていたり、棚の上に地球儀を発見してギョッとしたり。僕の部屋は自分が思っていたほど片付いてません。

人は見たい物を見ると、何かの本に書いてありましたがその通りですね。僕の場合本当に、みたい物しか見えていなかったようで。そういえば、自分が脱ぎ散らかした衣服が見えずに放置していて、母に「あんた結婚できないわよ」と言われたことを思い出しました。深く反省する必要があるようです。


1 月 16 2009

僕流暗譜法。

コスモスシアターオリジナルミュージカル、全曲の音取りが、今日でだいたい終わりました♪後は暗譜(楽譜を暗記する事)して、曲を煮詰めて行くだけです♪そこで、僕の暗譜テクニックをいくつか挙げておこうと思います。僕なりの暗譜の仕方ですが、出演者の方は参考にして下さい(^_^)

1、「歌詞を読みまくる」

歌うのではなく、台詞のように、声に出して読みます。文章は言葉のドミノで出来ていますから、起承転結を理解すれば覚えやすいです。これをすれば歌う時、ただ音として歌うのではなく、言葉として歌えるようになります。

2、「必ず毎日歌う」

少ない時間や回数、鼻歌でもいいですから、必ず毎日歌う事です。毎日歌えば、歌なんて意外と早く覚えるものです。英単語覚えるより簡単です。ただこの時、注意しなければならないのは、楽譜を外して歌う事。歌は常に、終点に向かって流れる物ですから、歌詞を忘れて流れが止まれば、フラストレーションが溜まります。そしたら楽譜で確認しましょう。その作業を何気にやっていれば、いつの間にか覚えてます。

3、「イメトレ」

イメージトレーニングです。これはいつでもどこでも出来る、いい暗譜法です。必ず自分の歌で、お客さんが感動している舞台を想像して下さい。想像できたら、自分の歌の何が良くて、お客さんが感動したのかを考えてみて下さい。お客さんの立場で想像してみるのもいいかも知れません。「あそこの歌詞の歌い方が良かったのか…?」とか、「あそこのフレーズがめっちゃ綺麗だったんじゃ…?」とか。そうしていく内に、だんだんこだわりなんかも出てきます。こだわりが出てくれば、そこに向かうため、歌の構成が出来てきます。「照明が輝いてスピーカーから流れる音楽の中自分の歌のあそこの部分がお客さんの心に届いて拍手喝采なんちゃって…うへへ…」と。もはや妄想になって来ますが、口元の緩みが我慢出来ないくらいやりこめば、曲も覚えられるし歌も上手くなります。お客さんを感動させるためにいろいろ企むのは、いくらやっても楽しいです。どんどんニヤケちゃって下さい。この暗譜法を僕は、「秘技、獲らぬ狸の皮算用」と呼んでいます。

以上、上に挙げた暗譜法の中で、どれか一つでも出演者の皆さんの役に立てれば嬉しいです♪


1 月 15 2009

知床旅情

「1、知床(しれとこ)の岬に はまなすの咲くころ
思い出しておくれ 俺たちのことを
飲んで騒いで 丘にのぼれば
(はる)か国後(くなしり)に 白夜(びゃくや)は明ける
2、旅の情(なさけ)か 酔うほどに さまよい
浜に出てみれば 月は照る波の上(え)
君を今宵こそ 抱きしめんと
岩かげに寄れば ピリカが笑う
3、別れの日は来た ラウスの村にも
君は出て行く 峠を越えて
忘れちゃいやだよ 気まぐれカラスさん
私を泣かすな 白いかもめよ」    

 

 ここ何年か、僕が自分の発声練習用に使っている曲です。母音の流れと曲のフレーズがとても歌いやすくて、僕にとってはいい発声練習になります。練習では大抵一番しか歌いませんが、全ての歌詞を載せてみました。いい歌詞ですね(T_T)修学旅行でバスの美しい添乗員に恋した男子高校生の素直な気持ちを歌にした様な…って、ちょっと違いますかね。酒呑んでますもんね。

せっかくなのでレパートリーになるくらい歌い込もうと思い、歌詞を見ていたら解らない言葉がありました。「ピリカ」って何者でしょう?人の恋路を隠れ見て、あまつさえ笑うとはふてぇ奴です。こいつの正体を暴いてやろうと、調べてみました。しかし、こいつの正体はいろいろな説があるそうで、どこまでいっても謎な奴でした。

「ピリカ」とはアイヌ語で、美しい、良い、立派等の意味があるらしいのですが、それでは後の歌詞に繋がりません。その他、知床に生息する「エトピリカ」という、人が笑っているような声で泣く鳥の事ではないかとか、アイヌ語で「ピリカ」と呼ばれるホッケの事ではないかとか…。ホッケに笑われるなんて…何か屈辱的ですね。

うーん…今のところエトピリカという鳥が一番歌詞にはあってます。しかし、作詞作曲をした森重久弥さんが言うには、「美しい娘」の意味だと言うことです。アイヌ語の「ピリカ」には「娘」という意味は含まれないのですが、ロシア語で男性からのプロポーズの言葉である、「ピリダ ラジェーニィエ」を簡略化した意味のka(カ)を語尾につけると、アイヌ語の「ピリカ」になるそうで。女性にかける言葉にもなるのかも知れません。そう考えれば、「ピリカ」というのを既にあった言葉として捕らえるよりも、ある種の造語として捕らえ、森重久弥さんの言うとおり、「美しい娘」と言う意味で考えた方が、意味も通るし、歌詞的にも綺麗ですし、僕好みです。

つまり、抱きしめようとして岩陰に寄ったら、その抱きしめようとした美しい女性にその行動を見抜かれ、くすくすと微笑まれる…といった歌詞になるのでしょうか。「君」とは、この歌詞の主人公と同い年くらいの若い娘を想像していたのですが、調べていく内に、随分大人びた女性になってしまいました。あ、って事はやっぱり高校生と添乗員さんの恋!?

まぁ、「ピリカ」の意味をどのように捕らえて歌うかは、人それぞれでいいのでしょう。僕は上記の様に思って歌うことにします。


1 月 14 2009

take6

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クロウド・マックナイト、マーク・キブル、マーウ゛ィン・ウォーレン、セドリック・デント、ディウ゛ィット・トーマス、アルウ゛ィンシェアの六人で構成される、ア・カペラグループです。仕事仲間に教えてもらって、聴いてみました。全員黒人の方なので、ゴスペルかなと思っていたら、和音はジャズっぽかったです。凄いハーモニーでした。

一番興味をひいたのは、やはりウ゛ォイスパーカッションでした。あれ不思議です。あれだけ身体の中でシンバルやドラムがなっていたら、脳への影響が心配されます。

人って鍛練すれば、いろんな事が出来るようになるんですね。


1 月 12 2009

しつけ糸

子供を「しつける」。ペットを「しつける」。夫を「しつける」等のように使われる、「しつける」と言う言葉は、着物関係の言葉から来るものだそうです。
新品の着物には、袖の所に型崩れを防ぐための糸がついているのですが、その糸の事を「しつけ糸」といい、「しつける」と言う言葉はそこから来たんですね。母が歌を練習している僕をわざわざ呼んで、教えてくれました。
って事は、今の僕は、親や学校の先生、近所の人たちや仕事関係の方々や、今まで出会った様々な人たちがしつけてくれた、糸だらけのまっさらぴんと言うことですね。多分まだついてるはずです。きっとこの糸を不意に引っ張ってしまったら、着物みたいにフニャアってなるんでしょうね。
そんな事を考えている僕の隣で父は母に、「しつけ」糸を取られた着物を「きつけ」られていました。
…。