およげたいやきくん!
まいにち まいにち ぼくらは てっぱんの
うえで やかれて いやになっちゃうよ
あるあさ ぼくは みせのおじさんと
けんかして うみに にげこんだのさ
はじめて およいだ うみのそこ
とっても きもちが いいもんだ
おなかの アンコが おもいけど
うみは ひろいぜ こころがはずむ
ももいろサンゴが てをふって
ぼくの およぎを ながめていたよ
まいにち まいにち たのしいことばかり
なんぱせんが ぼくのすみかさ
ときどき サメに いじめられるけど
そんなときゃ そうさ にげるのさ
いちにち およげば ハラペコさ
めだまも クルクル まわっちゃう
たまには エビでも くわなけりゃ
しおみず ばかりじゃ ふやけてしまう
いわばの かげから くいつけば
それは ちいさな つりばりだった
どんなに どんなに もがいても
ハリが のどから とれないよ
はまべで みしらぬ おじさんが
ぼくを つりあげ びっくりしてた
やっぱり ぼくは タイヤキさ
すこし こげある タイヤキさ
おじさん つばを のみこんで
ぼくを うまそに たべたのさ
1975年、生田敬太郎さんが、子供向け番組、「ひらけ!ポンキッキ」の番組内で演奏していた歌です。僕はその数年後に生まれたので、耳にしていたのは子門真人さんの歌う「およげたいやきくん」でした。子供の頃、この歌が好きでよく歌っていたのですが、最近思い出して口ずさんでいると、なかなか最後まで歌いきれないのです。目頭が熱くなって、声が震えてしまうんです。子供の頃感じていたのとは違って、この歌は大人の、わさびのツンと効いた歌なのだと理解しました。
今までに450万枚~500万枚のレコード、CDを売り上げて、日本におけるシングル盤の売り上げとしては未だ破られていないほど大ヒットした歌なのですが、やはり子供よりも、成人層に人気が高かった様ですね。その俗説として語られる理由に、「会社を辞めたいサラリーマンの気持ちを代弁いていた」と言うのがあるようですが、今の僕の、この歌に対するイメージは少し違います。この歌はきっと、家や故郷を飛び出した若者の気持ちを歌ったものなのではないかと思うのです。
例えば、例えばですけど、「大きな夢を持つたいやき君は、閉鎖的な故郷の環境に不満を抱いていました。ある朝たいやき君は、実家をつげと言う親と喧嘩して、とうとう故郷を飛び出してしまったのです。
“自分はこんな田舎で終わる様な存在じゃ無いはず!!あんな客に媚びてばっかの奴なんて、親じゃねぇ!!”
夢を追って都会に住み始めたたいやき君。初めて見る広い世界。お腹の底に、故郷の家族の顔がチラチラと浮かびますが、都会で自由を得たたいやき君はまさに、水を得た魚でした。きらびやかな夜の都会のネオンが、たいやき君を歓迎してくれているかのようでした。
毎日毎日、都会の暮らしは楽しいことばかりです。都会という大きな海で遭難した難破船のような、古くて安いアパートがたいやき君の住処でしたが、貧乏ながらも自分の力で都会を生き抜いている事が、大きな自信にもなりました。そりゃぁたまには嫌な事だってあります。理不尽な事だってあります。でもそんな時はそう、逃げ出してしまえばいいんです。みんなやっている事です。恥ずかしい事じゃ無いはずです…。
その日、一日中働いたたいやき君は、疲労感と空腹感を抱えながらアパートへたどり着きました。何か無いかと冷蔵庫を開けましたが、調味料と食べ飽きたインスタントの塩ラーメンしかありません。今から買い物に行くか、食堂にでも行こうかと思いましたが、疲労感がそれを許しませんでした。そういえば、随分と長い間休んでません。たいやき君は暗くてせまい部屋の中で、倒れるように横になりました。
“お袋の作った飯はいつもうまかったなぁ。あの頃みたいに、たまには栄養のある物採らないと…。そういえば、みんなどうしているんだろう?親父の店、大丈夫かな?”
何となく気になり、たいやき君は電話の受話器を取りました。
本当に久しぶりにする実家への電話。呼び出し音がとぎれ、受話器の向こうから聞こえてくる、懐かしい母鯛の声。その優しい声にたいやき君は動揺し、あわてて電話を切りました。思った以上に都会の生活で、心をすり減らしていたのでしょう。あのまま母鯛の優しい声を聞いてしまったら、もう都会には住めなくなると思ったのです。しかしそれ以来、たいやき君の胸に深く突き刺さったその声は、もがいてももがいてもとれる事はありませんでした。
数日後、たいやき君は実家のある、誰もいない駅のベンチで、疲れ切った様子で座っていました。ふと人の気配がして、振り向くと見知らぬおじさんが側に立って、こちらをじっとうかがっていました。何だろうと思っていると、おじさんは突然近づいてきて、言いました。
“お前、真鯛の旦那のせがれじゃねぇか?”
“…そうですけど…?”
たいやき君が怪訝そうな顔をしていると、そのおじさんは顔一杯の、嬉しそうな笑顔で言いました。
“そうか、覚えてねぇよな!あん時はこーんなにちっちゃかったもんな!!”
どうやらこのおじさんは、たいやき君が小さかった頃に一度、会っている様でした。
“真鯛の旦那から聞いてるぜ!?都会で頑張ってんだってな!?すげぇじゃねぇか!!旦那には顔見せたのかい!?”
“いえ…今着いたとこなんで…”
“そか!んで?いつまでここに居れるんだ?”
“…いえ…僕はもう…”
“?”
“…もう都会には…”
“…”
都会には帰れない。でも、あんな偉そうな口を叩いて飛び出した家にも戻れない。たいやき君はどこにも居場所がありませんでした。顔を伏せ、黙ってしまったたいやき君を見て、おじさんは言いました。
“うん、うん、そうか。”
“…”
そしておじさんは、たいやき君の肩をポンポンと叩くと、またあの顔一杯の笑顔で言いました。
“良く帰ってきたな!”
たいやき君は、その笑顔に涙をこぼし、おじさんのトラックで実家まで送ってもらいました。風の噂ではその後、父鯛の仕事を引き継いで、元気にやっているそうです。」
ーというのが、僕のイメージです。何か書いている間にだんだん夢中になっちゃって、随分長くなってしまいました…。「会社を辞めたいサラリーマンの気持ち」と最も違う点は、「やっばりぼくは タイヤキさ」という歌詞を、どのようにとるかだと思います。「会社を辞めたいサラリーマンの気持ち」は経験していないので解りませんが、何となく「どうせ僕はタイヤキさ」になるような気がするのです。あるいはそれも正しいのかも知れません。しかし、僕はこの最後の歌詞で、たいやき君がタイヤキとしての自分を理解し、受け入れ、つり上げてくれた…もとい、救いあげてくれた人たちに対して、自分の使命を全うするタイヤキの誇らしさを見たいのです。きっとこの後、たいやき君は「俺も昔はやんちゃでさ…」なんて遠い目をしながら、渋く笑える大人になれたんではないでしょうか。