12 月 25 2008

むむむむ無…

メリークリスマス♪クリスマスがやってきましたね♪皆さんイヴはいかがお過ごしだったでしょうか?僕はクリスマスイヴと言うことで、尺八を聴きに行ってきました。普段尺八を聴く機会なんてそんなに無い生活を送っているのに、ジャストミートでイブに機会が訪れる自分に驚愕です。

西洋音楽ばかりやっていたからでしょうか?正直、僕には日本古来の音楽をどのように楽しめばいいのか解りません。しかし改めて聴いてみると、リズムや強弱、調子に拍子に和音等、その構成には西洋音楽と共通する部分が多いです。っていうか、理論としてはほぼ同じなのでは無いでしょうか。なのに何故こうまで、西洋音楽と違って聞こえるのか。ずっと考えながら聴いていました。

その結果思うことは、日本古来の音楽とは、「無」から発する物なのではないかと。己を無にしたとき、そこに入り込んでくる何かからのシグナルが音になったような…。例えば夜眠るとき、電気を消して布団にじっとしていたら、静寂がうるさくて眠れない…なんて事ありませんか?それを音にすると、日本音楽になるような気がするのです。そこに美を感じて、音楽に昇華させたのだとしたら、日本人ってすごいです!そういえば、お化けが出てくるときに必ずと言っていいほど使われている、「ドロドロドロヒュ~」という太鼓の音や、笛の音。歌舞伎役者が見栄を切るときに鳴る「カカッ!!」ていう木を叩く音等、実際には存在しないはずなのに、それを聴くだけで人の心をその環境に持って行ってしまうような音を、日本人は数多く作り出していますね。何もないところから何かを感じ、それを表現する力が、日本人には豊富なのかも知れません。

西洋音楽も、先日ブログに挙げたように、枯れ葉の落ちる様をピアノで見事に表現していますが、それは「無」というよりも、自分に存在する五感から作り出しているように思います。だから日本の音楽と比べると、リアリティがあって解りやすく、耳に残りやすいのでは無いでしょうか。しかし突き詰めて考えれば、その五感だってどこから来たのか解りませんし、結局のところはどちらも「無」にたどり着いちゃうのかも知れません。

そういえば、超一流のオーボエ奏者に、「演奏中はどんなことを考えているのですか?」と質問したことがあります。そしたら「何にも。強いて言えば晩ご飯のおかず?」といっていました。…それも「無」なのか…?